《詳細版》イスタンブールⅡ

ナチスの悪行と東西文化の接点を訪ねる(第9日目)

令和2年(2020)2月8日

旅行中に投稿した「ほぼライブ」版はコチラ

おはようございます

今朝は、4時半に 一旦 目が覚めたものの、2度寝してしまい、起床は6時50分。

ホテルの玄関前で一服してからレストランで朝食。コーヒーマシンが稼働していないので、紅茶を頂く。相変わらず、料理は旨くないので、無難なものばかりをチョイス。ケーキだけはシナモン風味で旨かったけれど。

イスタンブール散策

朝、10時前にホテルを出ると、空は曇りではあるものの、雪がチラついている。時折、チラついていた雪が増え、コートの前面が白くなることも。イスタンブールは温かいと幻想していたが、本日の気温はポーランドのクラクフより低くて、指先も痺れる!  

Sultanahmet 地区は、日本語で話しかけてくるトルコ人多し

トラムが走る表通りを歩いて行くと、日本語で話し掛けてくる男。男の話によると、横浜の元町で働いており、一時帰国中とのこと。普段、日本に住んでいるなら、イスタンブールでわざわざ日本人に話し掛けてくるのは不自然。テキトーに受け応えしてから、「それじゃ〜サヨウナラ」と言って、ブルーモスク前の広場へと方向転換。「せっかく出会えたのに〜」と言ってくるが、聴こえないふりで、広場の中へと進む。

広場の中をブルーモスクに向かって歩いていると、今度は若い男が「my uncle is japanese(僕のオジサンは日本人)」と話し掛けてくる。これも「あっそう」などとテキトーに受け流していたら、後ろから追いかけてきた中年男性が流暢な日本語で 「埼玉に住んでいました」 と話し掛けてくる。これもテキトーに受け流して、先へ進む。

このように色々なアプローチで話しかけてくるが、続いて話す内容はみんな同じ。「日本の何処から来ましたか?」に始まり、「これから何処へ行きますか?」との質問。「横浜から来た」くらいは答えたが、行き先を答えると「自分はフリーガイド」とか「案内します」と言い出すのは必至なので、「散歩しているだけ」と言ってサヨウナラ。ちなみに、こうした受け応えは立ち止まってはダメ! 一旦、立ち止まると話が長く続いて、ズルズルと引き込まれる可能性大。ちなみに、その後、アヤソフィアの入口横で、トラム通りで話しかけてきた男が日本人カップルをゲットして話し込んでいるのを目撃。

ブルーモスク (正式名:Sultanahmet)

広場から門をくぐってブルーモスクの前庭に入ると、右方向に異教徒用に入口があり、その前には入場待ちの列。ちなみに、イスラム教は寛大な宗教ということで、入場料は無料。

ブルーモスクは異教徒にも開放されているとはいえ、入場するにはイスラム教の流儀に従う必要あり。その一つが、女性はスカーフで頭を覆うこと。入口手前には、スカーフの無料貸し出し。

前庭から中に入ると、そこは中庭。ここでも入場待ちの列。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は IMG_20200208_103324_copy_1052x592.jpg です
右側の列が入場待ちの列

建物に入ったところで靴を脱ぐ。スーパーマーケットで、漬物などを買った際に入れるようなペラペラのビニール袋が備え付けられており、脱いだ靴はそのビニール袋に入れて持ち歩く。

モスクの内部は見事なモザイク装飾。全体的に青を基調としており、それが「ブルーモスク」と呼ばれる所以。

フロアには柵が設けられており、柵の向こう(メッカ側)は祈りの場。異教徒が立ち入れるのは柵の手前まで。

アヤソフィア

ブルーモスクを見学した後は、向かいに位置するアヤソフィアを見学。

先程の男との話に盛り上がる日本人カップルを横目に、簡単なセキュリティーチェックを受けて、敷地内へ。

アヤソフィアは、ブルーモスクと異なり、入場料が必要。料金は72リラ(約1500円)。

入場券を買ってから、金属探知ゲートを通り、改札ゲートを通過。土産物屋とカフェがあったので、コーヒーを飲みながら一服。冷え切った身体に暖かいコーヒーが染み渡る!

アヤソフィアに入った所で、上を見上げると、キリストのフレスコ画が描かれている。イスラム風の建造物だが、ここはキリスト教の建物。

キリストのフレスコ画の下を通って内部に進むと、かなりの広さ。

ドーム内部を一通り見て、出入口に戻ると、左手奥にギャラリー。そして、その奥には建物上部へ昇る通路の入口。通路の入口は、下の写真の奥右側。突き当りに通行止めの表示があるので、一見だけでは、見落としてしまいそう。

建物上部に続く通路は、階段ではなくスロープ。いかにも歴史を感じさせる雰囲気。

通路を昇り、上部フロアーから下を見下ろすと・・・こんな光景。

回廊を進んでいくと、壁に描かれたキリスト教の古い絵画。

回廊の上部を見上げると、見事な装飾。

ドームの中を見下ろすと、こんな光景。

海軍博物館

アヤソフィアを出て、Sultanahmet駅からトラムに乗り、ガラタ橋を渡った新市街側の終点であるKabataş駅へ。そこから雪がチラつく中、海岸通りを約1.5㎞ 歩く。途中、Dolmabahçeモスクの道路に面した場所にトイレを発見。地下にあるトイレだが、障がい者用のエレベーターも設置されており、内部もきれい。おまけに無料! イスラム教は寛大!

無事、トイレも済ませ、向かった先は「海軍博物館」。

入館料は12TL(約240円)で、カメラやビデオの持ち込みは別料金。スマホを見せて、料金を訊ねたら、入館料だけでOK。

館内に入ると、歴代のスルタンが使用した船が並ぶ。

奥へと進むと、軍艦に付けられていたネームプレートやトルコ海軍の紋章の説明。

各軍艦のネームプレート
トルコ海軍の紋章の説明

さらに奥へ進むと、古代から現代までの海軍の状況を説明する展示。

中には、大日本帝国海軍との関係を紹介する展示も。どこかの国が文句をたれる日章旗も展示。

そして、日本とトルコ海軍との関係で外せないのがエルトゥールル号難破事件。エルトゥールル号の航路や船の模型、そして遭難事件の顛末などが説明展示。

航路の解説
トルコが親日国になったきっかけであるエルトゥール号難破事件の解説

この難破事件で事故現場付近の住民は遭難者を救出し、その後の世話も献身的に継続。そのことがトルコが親日国になったきっかけ。

そして、100年後、イラクのミサイル攻撃を受けているテヘランに取り残された日本人を救出するためトルコ航空が臨時便をテヘランに派遣(危険だと言って自国民の救出に向かえない半国営航空会社の社会的責任は? その後破綻したけれど)。その二つの歴史を描いた映画が「海難1890」。

館内を一通り見学して出口へ。出口にはミュージアムショップがあるが、昼休み中。そこで、自分も昼食タイムということで、ミュージアムショップ隣のレストランへ。

注文したのは、メキシカンハンバーガー(45TL)とホットチョコレート(12TL)で、お会計は、チップ5TLを加えて57トルコリラ(約1140円)。メキシカンハンバーガーは、分厚くてピリ辛なハンバーグが挟まれていてボリュームたっぷり。マスタードを付けながら、付け合わせのフライドポテトと共に美味しくいただく。

昼食を済ませた後、ミュージアムショップを覗く。当然、売っているのは海軍関係の本やグッズ。ガラスケースの中にウォレットが陳列されていたので、中身を見せてもらうと、多数のカードが収納できる仕様。ちょうどカード入れが老朽化していたし、値段も39リラ(約800円弱)と手頃だったので、購入。

ミュージアムショップのビニール袋の表面には、海軍らしきデザイン。良く見ると、エルトゥールル号難破事件から125周年を記念したデザイン。

トルコ軍事博物館

海軍博物館を出て、約2.5㎞離れた丘の上にあるトルコ軍事博物館に向かう。道はダラダラとした登り坂が続き、服の前面が白くなるほど雪も降ってきたので、ちょっと辛い行程。

途中にあった公園の所々に人が集まっているので、何をしているのか見てみると・・・焚火を囲みながら酒を酌み交わしている。土曜日ということもあって、庶民の手頃なレジャー?

海軍博物館からトルコ軍事博物館までは、グーグルマップが約30分と案内していたが、その殆どが登り坂のため、45分程かかってしまう。

12トルコリラ(約240円)でチケットを買い、背中のナップザックとコートをクロークに預けると、時刻は14時45分。

クロークで、イスタンブール訪問のメインイベントの開始時刻を確認すると、予定どおり15時開始。展示を横目で見ながら、奥のホールへと向かう。

トルコ軍楽隊

トルコ軍事博物館のホールで15時から催されるのは、 一度は生演奏を聞きたかった軍楽隊のパフォーマンス。

15時になると、軍楽隊の歴史などを紹介する映像が流れ、その後、旗手達がホール右手から入場。そして、旗手達が中央と客席側左右に立ち並ぶと、軍楽隊が楽器を演奏しながら入場。その様子は👇の動画をご覧あれ!

軍楽隊は数曲を演奏。迫力満点。

有名な「ジェッディン・デデン」は最後に演奏
退場

演奏が終わり、軍楽隊が退場した後も旗手達はホールに残る。観客向けの写真撮影サービス。

これで、たったの12リラ。イスタンブール訪問の際には、軍事博物館は絶対に外せない場所!

サッカーの会場

軍事博物館を出て、グーグルマップの案内に従ってトラムの駅まで約2.5kmを歩いて行くと、見えてきたのは「voda phon スタジアム 」で、向かう途中には検問所。サッカーの試合があるよう。自分はトラムの駅に行きたいので、グーグルマップのナビ画面を警察官に見せて「通り抜けられる?」と訊いてみると、「抜けられる」との答え。

しかし、逆方向からの人の流れが凄すぎる。反対側の検問所では、警備の警察官に「俺はここから出たいんだ」と伝えて、狭いゲートを通って入場してくる人の流れを一旦止めてもらい、ゲートを通過。

ゲートを出た所では、既に酒が入って盛り上がっている人々も。路上にはビールの空き瓶がゴロゴロ、所々に割れた瓶も散乱。火の着いた発煙筒を手の持って騒ぐグループも。こんな場所に長居は無用、早々にトラムに乗って、現場を立ち去る。

ホテルに戻ったのは18時前。本日分の「ほぼライブ」を執筆してアップロードすると、20時近い。

夕食は Old Istanbul Cuisine

これまで庶民的?な店で食事を採ってきたが、財布の中にはトルコリラがタップリ?と残っている。少しグレードアップした夕食を採ろうと、ビールでも良いので、酒が飲める店を条件にグーグルマップで検索(イスラム国なので、酒無しの店ばかり)。

そこで見つけたのが、ホテルから700m離れた(登り坂もありますが)Old Istanbul Cuisine。

店の前のメニューを見ていると、店内から男性が出て来てメニューを説明。酒の有無を訊くと、「シュアー」との返事。

店内に入り、まずはビールとラキのダブルを注文。ダブルであるはずのラキの分量は他の店のシングルよりちょっとだけ多い程度。「ダブルを注文したけど、少ないんじゃない?」と文句をつけると、「シングルはここまで」と言って、グラスの下の方を指し示す。絶対に折れない姿勢に、中東を感じる。

トイレに行こうと席を立つと、何故かビールグラスがひっくり返って、テーブルから自分のコート、そして床までビショビショ。まだ、一口しか飲んでいないのに(酔っていない、という意味ですヨ)。

料理は、「これこそトルコ料理というのはどれ?」と訊いて、指し示されたのはメニューの右下にあるPOTTERY KEBAB。他のレストランでも表に掲げられている看板に壺が焼かれている写真が描かれているのを見かけたが、その料理のよう。値段が他の料理とは一桁違うが、せっかくなのでチキンの料理を注文。

メニュー左側にも壺の写真

オリーブの実をツマミに酒を飲みはじめる。このオリーブの実、滅多に食べることにない食材だが、塩気が利いていて、酒のツマミにピッタリなお味。

そうこうしているうちに、従業員が店内に調理テーブルを持ち込み、料理パフォーマンスの開始。

時々、床に火の着いた油を飛ばしながら壺を焼いていく 。そして、出来上がりのポーズをとって・・・。

壺の底を叩いて、ポンッという音とともに壺をカット。こちらのテーブルに近づき、中身を皿にあける。

その一風変わった調理の動画は👇

早速、食べてみると、値段が高いからと言うことではなく、確かに「これぞ(世界三大料理の)トルコ料理」と言って良いお味。他に似た味の例をあげることが出来ず、とにかく旨いとしか表現出来ない味。ソースもご飯と混ぜ合わせて食べ切る。

食後には、チャイとバクラヴァがサービス。チャイには砂糖が付いているが、 バクラヴァがとても甘いので、砂糖無しでいただく。

気になるお会計は、ビール2杯(1杯目はほとんど床に飲ませましたが)、ラキW、料理の合計が282トルコリラ。チップも含めて310トルコリラ(約6200円)、今回の旅行で最も値段の張った食事。だけど旨くて満足!

十分に料理を堪能して、ホテルに戻ると22時。残り3本となったウイスキーのタレ瓶を飲みながら Old Istanbul Cuisine の「ほぼライブ」を執筆・アップロードすると、時刻は23時。テレビを見ながら残りのウイスキーを飲み、24時前には就寝。

明日はイスタンブール最終日。どこに行って、何を見ようか?

本日の歩行数:2万4000歩

コメント

  1. 京の弟子 より:

    ブルーモスクとアヤソフィアの詳報を拝見。実物を見たことはありませんが、想像以上の大きさで、神秘的な建物ですね。身近にある神社仏閣とは一味違う楽しみが得られそうですね。
    軍事博物館における軍楽隊のパフォーマンス、見応えありますね。動画でも十分迫力が伝わりますが、館内での生演奏はもっと響いたことでしょう。演奏後に騎手達が記念撮影に応じるのも、なかなか気の利いた企画ですね。
    サッカー場の盛り上がりは、やはり日本とは違いますね。一時期、フーリガンが問題になりましたが、今でも世界のサッカーファンは過熱、過激化する傾向にある様子がうかがえます。
    ちょっと奮発された夜のトルコ料理。動画を見ましたが、店内の床は焦げたりしないのでしょうか。ケバブ料理は、チキンと野菜のスープ煮込み風でしたが、これは美味しそう。ご飯が進みそうです。
    歴史を語る中で、大日本帝国海軍との関係や日章旗を展示している友好国。親しみがわきます。

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